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修繕の記録

ご注文いただいたニットの制作が今期分は全て終了しました。
ありがとうございました。
また長いことお待ちいただい方、すみませんでした。
これに懲りず今後とももよろしくお付き合いください。

さて、納品が終了すると、修繕の季節になります。
お客さまの分、家族や友人の分、自分の分。
家族や親しい友人からは、私が編んだものではないものも頼まれたりしますが、そんなに上手なわけでも無いので適当かつ探り探りです。

しかしこの「適当(にしか出来ない)」「探り探り(でもやってみる)」がなにごとにおいても大事なことだなあと私は常々思っておるのですが、ことニット修繕に関しては「適当」、でも出来る、というのが編み物をしない方にもおすすめしたい最大のポイントであるのです。

ウールって、ご存知の通り動物の毛からもらっているんですが糸となるまでの過程に様々な事情や怖い出来事なんかもあり、いくらなるべく動物に負担が少なそうなのを選んだとしてもやっぱり考えさせられるんですわ。
私はあんまり神経質に考えこむと他の問題に弊害が起きる可能性があるかなとも思うんで、まず出来ること!今持ってるやつ大事にする!みたいな単純な考えで直す、ニットに限らず大事に使ってもっと使う為に直す、ということを日常の中で大事にしたいです。
ごちゃごちゃ前置きが長いです。

今年初のお直しはコレでしたが、細ゲージで機械編みのセーター。
つまり私が普段編んでいるニットよりも糸が細くて編み目も細かいやつです。
こういうものの時にあえて手編み用の太い糸でいく場合もあって結構好きだったりします。

これは同じセーターの袖口を昨年直したものですがざっくり裂けていたので太い糸でザクザク縫い付けました。
今年の穴は腕の部分で着用時に丸見えるところなので修繕跡がわからないようにしようと思い、

こんな感じに。
使った糸と針は手芸用の普通針と手縫い用の綿糸です。
全て表から、穴の周りの糸を上下に順番にすくって、突っ張らない程度に糸を引き締めてるだけ。
編み物したことない人でも出来ると思います。

このセーターの持ち主は物を大事にする人で、このセーターも10箇所近く修繕させてもらっています。
話している相手の洋服に修繕跡を見つけるとなんともいえぬすてきな気分になり、その人の好感度が俄然アップする私としては、みなさまもご自宅で適当にニットの修繕をしてみて欲しいです。
わざとか…?レベルのへたくそは更なる好感度アップが狙えると思いますのでお気軽にぜひ。

新年早々、雑談です。

映画「ボヘミアンラプソディ」、周りのみんなにかなり遅れてやっと観ました。
私みたいに(勝手な)思い入れがあって観るのを躊躇ってるひとも多いかと思いますが、観て良かったですよ。

感想は、ただただ「すごいな!」ですね。
まず登場人物みんな似ててびっくり(ブライアン・メイなんて本人かと思った)だし、ライブシーンでのフレディ・マーキュリー役の方のパフォーマンスの完全コピーっぷり。
え、この人何?
ほんとに俳優さん?
どうなってんの?って。
ライブエイドのシーンは元映像を何度となく観ているので、細かい仕草まで再現されていることにほんとに驚きました。
なんかもう、そういう感嘆。それに尽きます。
映画としても、ラストのライブエイドのカタルシスまでの誘導はばっちりで、切なくも痛快な物語と映像です。
(世界ツアーの都市のサインが好き)

クイーンファンの中には事実と大幅小幅に違う流れや時系列が気になるって方もいるようですね。
私もドキュメンタリーフィルム「輝ける日々」やジムハットンの著書「フレディマーキュリーと私」、メアリーのインタビューなどを過去に目にしていたのでちょっと混乱する部分はありましたけど、そこは「実在のロックバンドをモデルに作られたドラマティックな世界」のお話なので、別のものとして楽しみました。
(ブライアンとロジャーも監修してると後から聞いて、ちょっとよくわからない気持ちにもなりましたが、音楽プロデュースだけなんですかね)

しかし事実というのは、いつだってフィクションよりも奇なりなんだなーと改めて思います。
もっと混沌とエグくって、ノイジーでややこしい現実を生きたであろう、チャーミングな天才フレディ・マーキュリー像ににぐっと来ていた者としては、映画の中のフレディ(とクイーン)の描かれ方の意図について考えたりもします。
誰が、何の為に作った映画なのかなあとも。
それらは単なる映画作品としての素晴らしさとは無関係な話なのかも知れませんが。

映画は素敵でしたが、私はそれよりも、フレディが歌っている姿を自分が生きてるうちにもっともっと観ておきたいと思いました。
きっと世界中にそういう人たちがたくさんいて、でも映画のおかげで新たな若いファンも増えて、クイーンの音楽と、‪フレディ・マーキュリー‬の生きたエネルギーがみんなに希望を与えている2019年。
それはもう、想像しただけでも楽しい世界です。

私は自身の人種に悩んだことも、セクシャルマイノリティでも、ましてや天才でもありません。
それでも自分の中にある何かに苦しんで、正体のわからん罪悪感にさまよう感覚は人並みにあって、「ボヘミアンラプソディ」を初めて聴いた時の衝撃はずっと胸に突き刺さったまま、以来テーマソングとも言える大切な曲です。
フレディみたいに、そいつ(自分)を殺してすべてと決別して生まれ変わって、華麗な世界を自身の手で創ることが出来たなら!
折り返しをとっくに過ぎた今だって夢を見ています。
自分を変えるのは自分しかいないんだから。たぶん。

と、改めて‪フレディ・マーキュリー‬に想いを馳せる年始です。

あ。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

ありがとうございました

カミヤベーカリーさんでの展示終了のご挨拶もせぬうちに大晦日になってしまいました。

まだまだご注文いただいたものの制作とお渡しが完了していないので終了気分になれなかったというのもありますが、なんだか最近は言葉が見つからない心持ちになることが多いです。
去年の暮れにインスタグラムを始めて、まとまった言葉で伝えなくてもビジュアルで情報をお伝えできるという衝撃的な手軽さを手に入れまして、時間と頭を使って文章を書くという行為から遠ざかっていた感もあります。
使わないうちに感覚と言語を繋ぐケーブルみたいなやつの接触が悪くなって、時間がやたらかかる感じ。

それだけではなく、歳をとるとそれなりに色んな経験をしてひとつの事象に関してのケースバイケースが何通りも思い付いたり、沢山の人びとと関わっていくうち色んな人の色んな考えがあることを知り「ひとの気持ち」が読みづらくなったりで、「真実など無いに等しい」「自分の考えなど全く及んでいない」という、ある意味真理に近いところへ向かいつつあるというのも感じたことを言葉に出来ない原因かと思います。

ようするに考え過ぎなのです。ええ。知っています。

そんな面倒くさい人間の個人的で小さい心情はさておき本当に今期もありがとうございました。
ニットを取り扱ってくださったpandさん、kitさん、展示販売をしてくださったカミヤベーカリーさん、ご覧いただいたみなさま、気にかけてここを見てくださった方。
今年一年関わってくださった方には言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。

恒例、親友の手打ちそばで締め。

蕎麦前は、ゾンネガルテンさんでゲットした酢コハダで手鞠寿司。

食べたらすぐに寝ます。
みなさま、よいお年を。

岐阜市pandさんへ納品しました。と雑談。



岐阜市のpandさんに、帽子と手袋を納品しました。
どちらも少量ですが、今年の名古屋での展示販売には手袋が出ないので、手袋をご希望の方はpandさんへご相談下さい。
関西では京都kitさんでご覧になれます。

pandの喫茶室、nakaniwaで今月末にあるお話会「狩猟採取民と動物とアート」に興味があります。
先住民族のものごとへの視点やしきたりには、人間が本来持っている性質、自然環境や他の動物たちの中で生きる為の普遍の秘密、そんなものが隠されている気がします。

私はほぼ読書をしないのですが、去年一冊だけ本を読みまして(今年はまだ)、それは小倉ヒラクさんが書かれた『発酵文化人類学』という、味噌や醤油やお酒を題材に発酵菌と人間の関係を紐解いていく、とても面白い内容の本でした。
その中に、ニューギニアのトロブリアンド諸島の先住民族にはクラと呼ばれる儀式があり、その儀式では赤い貝の首飾りを時計回りに、白い貝の腕輪を反時計回りにして部族間でエンドレスに交換しているということが書かれていて、個人的に印象的で興味深い部分でした。
貨幣を用いる代わりの単純な物々交換とも違うこの儀式は交換=コミュニケーションの意味あいが強く、儀式に関係する船や装飾などの製造による経済効果や相手方が希望する食料や資源など実用品の贈与も付随するものの、核の部分は交換するだけ=コミュニケーションで、そういうことするのがヒトがヒトたるゆえん、という文化人類学的解釈なんだそう。
「発酵」文化人類学的視点では、ヒトとヒト以外にも様々な目に見えるも見えないもひっくるめた生命体間でこのコミュニケーションが行われエネルギーが交換されている、という広い解釈でクラを例に用いていました。
自然界で起こっている事象を儀式として体現して調和を計るトロブリアンド諸島の部族民のセンス(ってそんな意識は無いでしょうけど)は私にはちょっと震えてしまうような衝撃があります。
先住民族の行いに自然の摂理を知る、なんだか逆説的ではありますがそんなこともあり、都会っ子としてはお知恵拝借したいところなので、nakaniwa さんでのお話もきっと楽しい発見がありそうです。

ですが、毎年この時期の催しは精神的余裕の関係で参加が難しいんですわ。
なるべくギリギリで切羽詰まるのを避けるようにはしているのですがそれでも。
気になるので行かれた方、レポートをお願いいたします。

京都のはなし

京都kitさんへ発送しました。
金曜日からの青山サンドリーズさんの催しが気になりますがさすがに制作に追われて直接納品とはならずです。

ここ数年京都には思い出がたくさんあって、kit椹木さんとの出会いももちろんそうだし、京都には私の主治医であり心の恩人という方がおられます。
数年前に手術してもらって、経過が順調過ぎてもう術後検診も必要ないのですが、先生に会うために半年に一度は検診に行っています。
先生は私に、大切なのはあなた自身のしあわせですからね、と繰り返し、繰り返し言いました。
私は生まれ変わるつもりでその手術を受けて健康になったのですが、自身のしあわせというのはなかなか難しいもので、いまだにわからず日々をそんなもんかなーと思いながら過ごしています。
それでも、どうしたらいいのかわからないようなそんな気持ちになると、私は先生に会いに行くのです。
会ったからってどうってことはないんですけど。
先生の顔をみて、帰りにkitさんへ行って良い気分になって名古屋へ帰るのです。

あ。
編み物を続けていられる、お金にならない私の少量生産に付き合ってくれるお店の方がいる、それを身に付けてくれる方たちがいる、それは確実に私のしあわせですよ。

唐突な感じですが、さらっとしたお知らせは最近インスタグラムに載せていてここは多分誰も見ていないし、思いついた時にあれこれ書いていきます。

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