2019年一覧

修繕の記録

ご注文いただいたニットの制作が今期分は全て終了しました。
ありがとうございました。
また長いことお待ちいただい方、すみませんでした。
これに懲りず今後とももよろしくお付き合いください。

さて、納品が終了すると、修繕の季節になります。
お客さまの分、家族や友人の分、自分の分。
家族や親しい友人からは、私が編んだものではないものも頼まれたりしますが、そんなに上手なわけでも無いので適当かつ探り探りです。

しかしこの「適当(にしか出来ない)」「探り探り(でもやってみる)」がなにごとにおいても大事なことだなあと私は常々思っておるのですが、ことニット修繕に関しては「適当」、でも出来る、というのが編み物をしない方にもおすすめしたい最大のポイントであるのです。

ウールって、ご存知の通り動物の毛からもらっているんですが糸となるまでの過程に様々な事情や怖い出来事なんかもあり、いくらなるべく動物に負担が少なそうなのを選んだとしてもやっぱり考えさせられるんですわ。
私はあんまり神経質に考えこむと他の問題に弊害が起きる可能性があるかなとも思うんで、まず出来ること!今持ってるやつ大事にする!みたいな単純な考えで直す、ニットに限らず大事に使ってもっと使う為に直す、ということを日常の中で大事にしたいです。
ごちゃごちゃ前置きが長いです。

今年初のお直しはコレでしたが、細ゲージで機械編みのセーター。
つまり私が普段編んでいるニットよりも糸が細くて編み目も細かいやつです。
こういうものの時にあえて手編み用の太い糸でいく場合もあって結構好きだったりします。

これは同じセーターの袖口を昨年直したものですがざっくり裂けていたので太い糸でザクザク縫い付けました。
今年の穴は腕の部分で着用時に丸見えるところなので修繕跡がわからないようにしようと思い、

こんな感じに。
使った糸と針は手芸用の普通針と手縫い用の綿糸です。
全て表から、穴の周りの糸を上下に順番にすくって、突っ張らない程度に糸を引き締めてるだけ。
編み物したことない人でも出来ると思います。

このセーターの持ち主は物を大事にする人で、このセーターも10箇所近く修繕させてもらっています。
話している相手の洋服に修繕跡を見つけるとなんともいえぬすてきな気分になり、その人の好感度が俄然アップする私としては、みなさまもご自宅で適当にニットの修繕をしてみて欲しいです。
わざとか…?レベルのへたくそは更なる好感度アップが狙えると思いますのでお気軽にぜひ。

新年早々、雑談です。

映画「ボヘミアンラプソディ」、周りのみんなにかなり遅れてやっと観ました。
私みたいに(勝手な)思い入れがあって観るのを躊躇ってるひとも多いかと思いますが、観て良かったですよ。

感想は、ただただ「すごいな!」ですね。
まず登場人物みんな似ててびっくり(ブライアン・メイなんて本人かと思った)だし、ライブシーンでのフレディ・マーキュリー役の方のパフォーマンスの完全コピーっぷり。
え、この人何?
ほんとに俳優さん?
どうなってんの?って。
ライブエイドのシーンは元映像を何度となく観ているので、細かい仕草まで再現されていることにほんとに驚きました。
なんかもう、そういう感嘆。それに尽きます。
映画としても、ラストのライブエイドのカタルシスまでの誘導はばっちりで、切なくも痛快な物語と映像です。
(世界ツアーの都市のサインが好き)

クイーンファンの中には事実と大幅小幅に違う流れや時系列が気になるって方もいるようですね。
私もドキュメンタリーフィルム「輝ける日々」やジムハットンの著書「フレディマーキュリーと私」、メアリーのインタビューなどを過去に目にしていたのでちょっと混乱する部分はありましたけど、そこは「実在のロックバンドをモデルに作られたドラマティックな世界」のお話なので、別のものとして楽しみました。
(ブライアンとロジャーも監修してると後から聞いて、ちょっとよくわからない気持ちにもなりましたが、音楽プロデュースだけなんですかね)

しかし事実というのは、いつだってフィクションよりも奇なりなんだなーと改めて思います。
もっと混沌とエグくって、ノイジーでややこしい現実を生きたであろう、チャーミングな天才フレディ・マーキュリー像ににぐっと来ていた者としては、映画の中のフレディ(とクイーン)の描かれ方の意図について考えたりもします。
誰が、何の為に作った映画なのかなあとも。
それらは単なる映画作品としての素晴らしさとは無関係な話なのかも知れませんが。

映画は素敵でしたが、私はそれよりも、フレディが歌っている姿を自分が生きてるうちにもっともっと観ておきたいと思いました。
きっと世界中にそういう人たちがたくさんいて、でも映画のおかげで新たな若いファンも増えて、クイーンの音楽と、‪フレディ・マーキュリー‬の生きたエネルギーがみんなに希望を与えている2019年。
それはもう、想像しただけでも楽しい世界です。

私は自身の人種に悩んだことも、セクシャルマイノリティでも、ましてや天才でもありません。
それでも自分の中にある何かに苦しんで、正体のわからん罪悪感にさまよう感覚は人並みにあって、「ボヘミアンラプソディ」を初めて聴いた時の衝撃はずっと胸に突き刺さったまま、以来テーマソングとも言える大切な曲です。
フレディみたいに、そいつ(自分)を殺してすべてと決別して生まれ変わって、華麗な世界を自身の手で創ることが出来たなら!
折り返しをとっくに過ぎた今だって夢を見ています。
自分を変えるのは自分しかいないんだから。たぶん。

と、改めて‪フレディ・マーキュリー‬に想いを馳せる年始です。

あ。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。