新年早々、雑談です。

映画「ボヘミアンラプソディ」、周りのみんなにかなり遅れてやっと観ました。
私みたいに(勝手な)思い入れがあって観るのを躊躇ってるひとも多いかと思いますが、観て良かったですよ。

感想は、ただただ「すごいな!」ですね。
まず登場人物みんな似ててびっくり(ブライアン・メイなんて本人かと思った)だし、ライブシーンでのフレディ・マーキュリー役の方のパフォーマンスの完全コピーっぷり。
え、この人何?
ほんとに俳優さん?
どうなってんの?って。
ライブエイドのシーンは元映像を何度となく観ているので、細かい仕草まで再現されていることにほんとに驚きました。
なんかもう、そういう感嘆。それに尽きます。
映画としても、ラストのライブエイドのカタルシスまでの誘導はばっちりで、切なくも痛快な物語と映像です。
(世界ツアーの都市のサインが好き)

クイーンファンの中には事実と大幅小幅に違う流れや時系列が気になるって方もいるようですね。
私もドキュメンタリーフィルム「輝ける日々」やジムハットンの著書「フレディマーキュリーと私」、メアリーのインタビューなどを過去に目にしていたのでちょっと混乱する部分はありましたけど、そこは「実在のロックバンドをモデルに作られたドラマティックな世界」のお話なので、別のものとして楽しみました。
(ブライアンとロジャーも監修してると後から聞いて、ちょっとよくわからない気持ちにもなりましたが、音楽プロデュースだけなんですかね)

しかし事実というのは、いつだってフィクションよりも奇なりなんだなーと改めて思います。
もっと混沌とエグくって、ノイジーでややこしい現実を生きたであろう、チャーミングな天才フレディ・マーキュリー像ににぐっと来ていた者としては、映画の中のフレディ(とクイーン)の描かれ方の意図について考えたりもします。
誰が、何の為に作った映画なのかなあとも。
それらは単なる映画作品としての素晴らしさとは無関係な話なのかも知れませんが。

映画は素敵でしたが、私はそれよりも、フレディが歌っている姿を自分が生きてるうちにもっともっと観ておきたいと思いました。
きっと世界中にそういう人たちがたくさんいて、でも映画のおかげで新たな若いファンも増えて、クイーンの音楽と、‪フレディ・マーキュリー‬の生きたエネルギーがみんなに希望を与えている2019年。
それはもう、想像しただけでも楽しい世界です。

私は自身の人種に悩んだことも、セクシャルマイノリティでも、ましてや天才でもありません。
それでも自分の中にある何かに苦しんで、正体のわからん罪悪感にさまよう感覚は人並みにあって、「ボヘミアンラプソディ」を初めて聴いた時の衝撃はずっと胸に突き刺さったまま、以来テーマソングとも言える大切な曲です。
フレディみたいに、そいつ(自分)を殺してすべてと決別して生まれ変わって、華麗な世界を自身の手で創ることが出来たなら!
折り返しをとっくに過ぎた今だって夢を見ています。
自分を変えるのは自分しかいないんだから。たぶん。

と、改めて‪フレディ・マーキュリー‬に想いを馳せる年始です。

あ。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。