ありがとうございました。

今年の冬の納品が終了しました。
ご注文くださったみなさんありがとうございました。

新しいものを作る時期が終了すると修繕をする余裕も出てくるのでこの隙にやっています。
何年か前に買った手袋に穴が開いた、と言う友人の相談を受けてのお直し。


穴が小さいのですぐできるよ!とお預かり。


小さい穴の時によくやる方法、「チェーンステッチつなぎ」。
刺繍をやったことがある方はこの画像でわかるかと思いますが、針に糸をくるっとかけて輪っかを作るんです。
要するにニットの表編みはこの輪っかの重なりなので、お隣の輪っかに大きさを合わせて、この小さな穴の場合は縦に2〜3個の輪っかで繋ぐことができます。
見えないようにお隣の裏側で下に戻りながら何列かチェーンで繋いで、最後に表から目立たないように周囲の輪っかと縫うように辻褄を合わせます(ここが綺麗に仕上がるようにちょっと気を遣うとこかな)


こんな感じ。
渡したら「どこ直したんだっけ?」って言われました。
ね。どこ直したかわからないでしょ。

ニットの修繕はダーニングが一般的なのかも知れませんが、ダーニングが合う雰囲気のものと合わない雰囲気のものがありますよね。
あと、身につけている方の雰囲気も。
友人はシンプルでかっこいい着こなしをしている人なので、なるべく修繕感のない方法にしました。
私自身もお洒落でカラフルな「見せダーニング」があまり似合わないというのもあったり、細い番手の素朴な糸で編んだものを作ることが多いので小さい穴にはこの「チェーンステッチ法」か「なぞり法」(いつかご紹介します)、大きい穴には「編み足し法」(いつかご紹介します)で修繕することが多いです。
手織りのものや可愛らしい仕上げにしたい時はダーニングもしますし、用途や雰囲気に合わせて楽しんでやっています。

繕いにはルールも失敗もないので皆さん適当にやってみて、オリジナルの方法をどんどん編み出していくと楽しいと思います。

あけましておめでとうございます


犬もありました。
ドナルド・エヴァンスが描いた切手。
架空の国が発行した架空の切手。

年が明けましたね。
年末にお会いした方が、「お正月にご馳走を食べる時代は終わった」と言っていて、それにはほぼ同感でした。
ほぼ、というのは、それは正論なのだけれどご馳走、とまではいかなくとも手作り品を持ち寄ってああだこうだとよもやま話をしたり、特に普段は疎遠になりがちな家族に、実は常々感謝しておるのですよという意思表示をする絶好の機会ともいえるので、節目としてちょっとみんなで美味しいもん食べたりはしたい、という余白を込めてです。

その方は毎年、万が一体調を崩しても仕事に差し障りのない年末年始に断食をするんだと言っていて、これまた画期的、名案だなと思いました。
私は実家に居る頃は春に断食を数日して調整していましたが、やはり仕事中は心身散りましたからね。
私自身は「美味しいもの」の意味が昔と変わってきて、理由があって体が欲するものが美味しいものであるので基本的にはあまり抑制してはいませんが、年齢もあり量も減ってはきました。

おせち作りも結構簡素化しています。(画像はインスタグラムに有り)
10数年前まではそれこそご馳走、高級食材買って沢山作ってました。
近年は親しい友人と手分けして作るという画期的な物々交換で、ほんとに気持ち程度。
なんか少ない方がより有り難みが増すという感覚の変遷にも思うところが多いです。

とにかく恵まれた時代と場所に生きる私たちのいろいろな「飽」が上限まで来てるのは事実で引き算が出来ない心と体では健やかにやっていこうにも難しくなってくるだろう、という話。
もちろん食だけでなくもの作りも同じ。
いいもの、ってなんだっけというところで。

わかっていても全然実行できていないですけどね。
そのうえ日々の作業に追われることで鈍りがちな感度、今年はそれを高めるような1年にできたらいいです。
どのくらい皆さんに伝えられるかはわかりませんが精進あるのみです。

今年もどうぞよろしくお付き合いください。

さよなら酉年


今年の初めにどんな誓いを立てたか、どんな一年にしようと思ったか、全く覚えてはいないけれど、とにかく編んだ、編んだ一年でした。
覚えていたい、忘れたくない景色や感情がいつになく多かった年でもありました。

人生はそろそろ、逆算した方が早いかもしれないくらいに差し掛かっていますがこれから先を生きる私には今日が一番若いから、できることを焦らずにいっこいっこやっていきたいと思っています。

今年一年、関わってくださった皆さんどうもありがとうございました。
お返しは少しづつでも心を込めてしていきたいです。

来年もどうぞよろしくお付き合いください。

ありがとうございました

名古屋・京都と続いた今年の展示販売が終了しました。
どちらの場所でも、皆さんに会ってお話して、ああ!とか、そうか!とか、気づくことばかりの今年でした。
楽しかったです。

京都でkitのスタッフの方の手袋を修繕しながら、衣料雑貨という消耗品、と、ずっと所持していくもの、の中間のような自分の作る物の在り方についてひとり想いを馳せていました。
皆さん本当に長いこと、ボロボロになるまで、ご自身で繕ったり私にご相談いただいたりしながら使っている方が多くて、見るたび嬉しくて胸がふぁーっとなるんですよ。
実用品であり消耗品であることに変わりはないのだけれど、自然界や動物からいただいた素材に人が手をかけて、私のように名前を出して対面で人手に渡しているからこその存在意義とかそんなものをいま一度見直していきたいなあと思う次第です。

今年は何も考えずただひたすら編む年と決めてそうしたので、次はゆっくりでも、勉強したかったことや、もっと掘り下げてみたかったことを始められたらと思っています。
量は少なくなっても手編みは続けていきますので引き続きお付き合いください。

ご注文いただいたもの、しっかり丁寧に、責任を持ってお届け致します。
しばし楽しみにお待ちいただけたら幸いです。

京都kitにて 販売のお知らせです

京都へ行ってもココしか行かない、と言っても過言でないほど愛するkitさんでハンドニットの販売をさせていただきます。
以下、店主椹木さんが書いてくれた紹介文。
みなさま、秋の京都でぜひお会いしましょう。
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石原真理さんは名古屋の街っ子。名古屋の事情に明るいわけではないが、都会の洗練されたお嬢さんというイメージがある。過去に書店で働いていたという共通点もあり、年も近いせいか、どこかしら好きなものが似ている気がしている。
私が小さな頃は祖母がセーターやマフラーを編んでくれた。母も祖母が手作りした子ども服を着ていたようで、家にはお古がたくさんあった。どう見ても昔っぽい型紙で、決まってウールは硬くて重かった。着やすいものではないが、私は昭和の手芸本に出てくるような懐かしい洋服が好きだった。
真理さんのニットはそれに比べて素材こそ良いものだけれど、ウールならではのボリューム感があり、ざっくりしていて、どこかトラディショナルな感じがする。手編みの良さを生かしながら野暮ったくならないのは、やっぱり街っ子だからなのだろうか。軍手のような大きめの手袋や雪ん子風フードも昭和的なつかしアイテムで、学生時代に時間を巻き戻されるような感覚にキュンとくる。
今はもう身近に編み物をする人はいないけれど、真理さんには「みんなのおばあちゃん」になっていただき、ウールの手編みの良さを残して欲しい、なんて勝手に思っている。

MARI Knitting
2017年11月24日(金)ー27日(月)
場所:kit

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